セルフビルドという思想|黒川大輔さん




ご紹介いただいた黒川です。定時制高校の教員をやりながら垂井の北のほうでカフェと木工房をやっています。カフェは妻が事業者でやっていて、木工房は趣味のような場です。セルフビルドに至る経緯が何だったかというと、ぼくも横にいる清水さんと同じで変わっていて、今47歳なんですけど、30歳ぐらいのときに普通の工務店で普通の家を建てたんです。

自分の親と同居していて、まあいろいろあって、なんでも住む箱があればいいという発想でした。せっかく家を建てたのでいいテーブルが欲しいなとテーブルを見に行ったら、無垢の木のテーブルで30万したので、これは自分で作れるんじゃないかと思ったんです。それで工務店にいい木がないかと分けてもらって、加工したら今でも使えるテーブルが出来たんです。それで木工に目覚めました。

「出来るんじゃないか」という根拠のない自信
それを趣味でやっていくならいいんですけど、やっぱりちょっと変わっているところがあって、「これ、仕事に出来んかな」ということを考えました。最初は知り合いの農機小屋を借りて、そこを作業所にしていました。それが昂じてクラフトイベントに出店して、そこで清水さんとたまたま出会って、「今の農機小屋の工房を広げたい」と相談したところ、「自分で建ててみたらどう?」と言われたんです。そこで「建ててみよう」と思うのか「無理だな」と思うのかが、セルフビルドに至る大きな分かれ目だったのかなと思います。

その「出来るんじゃないかな」と思った要因は昔からあって、ぼくは根拠のない自信というのが常にあるんですよ。それは何かというと、実は、20歳から30歳までアイアンマン・レースに出ていました。そのときもスポンサーをつけてプロになろうと思っていました。水泳4キロ、自転車180キロにフルマラソンという、10時間から11時間ぐらいのレースなんです。スポンサーがつけば年収300万から400万でなんとか生活できるわけです。アイアンマン・レースというのは精神的に強くないと無理ですし、必ず完走できるとは限らないので、それも根拠のない自信がないとダメなんです。
(スライド)まずは工房から建てました。基礎のコンクリートを流す型枠も自分でつくって、鉄筋の配筋の仕方などは清水さんのスタッフに一日来ていただいてやり方を教えていただきました。コンクリートを流す前の状態までで大体二週間ぐらいかかりました。コンクリートを流す日は決めているので雨の日も雪の日も作業をしました。(スライド)これが完成した状態です。コンクリートは量が上がってくると、圧力が強くなるんですね。一カ所、型枠が外れかけて危ない状態も経験しました。
(スライド)建前当日、土台を据えてその上に柱が立った状態です。だんだん工房が組み上がって行く様子です。こんな感じで組み上がっていきます。セルフビルドなのになんでこんなに人がいるの?という話なんですが、骨組みを刻むのはひとりで出来るんですが、建前、建て起こしはみなさんに来ていただいてガッとやります。また骨組みが出来た後は地道な根気のいる作業が続きます。平行して、手前のカフェの基礎工事も同時に進行させていきました。

セルフビルドは孤独との闘い
(スライド)これは骨組みが終わった後、「竹小舞」と言うんですけど、今滅多にやらない土壁ってあるんですが、それを塗る前の下地です。この竹を地道に編んでいくんです。嫁さんとふたりで一ヶ月くらいかかったかな。最初は要領がわからなかったんで、手間取ったんですが、最後はだんだん慣れてきました。これが実は美しくて、夜にこの状態で明かりをつけるとその光の反射がなんとも言えないアート作品のようです。こういうのはセルフビルドじゃないと味わえない体験です。セルフビルドによる工程の中で、自分の感性に響いてくるものがあるんですよね。竹小舞というのは初めてやったんですけど、これはアートの世界に応用できると思うんです。この上に土を塗ってしまうのはもったいないのですが、仕方ないですね。

(スライド)これが竹小舞の上に塗る土です。土は業者さんから仕入れたんですが、職人さんに聞くと本来なら地元の田んぼの土と藁を一年くらい寝かせて腐らせて、それを塗るのが一番いいらしいです。塗る作業は、知り合いの人に来てもらってワークショップ形式でやりました。粗壁というのは適当にやってもいいんですね。誰が塗ってもそんな差がないんです。大体ここまではわーっと出来るんですが、ここから先がセルフビルドは孤独との闘いになります。唯一作業するのはぼくだけです。土壁を塗るまでのペースで言えば、これは一年で完成までいけるんじゃないかなと思ったんですが、実は、一人になってからはそれはそれは大変でした。これは土壁の上から焼き杉を張ったところなんですが、作業の途中で足場から落ちてしまって、五、六針縫う怪我をしてしまったんです。途中でやっぱりこれは無理かな、と折れそうになったんですけど、アイアンマン・レースの経験からも一旦やると決めた以上やれるという自信があったので、一ヶ月くらい作業できない期間はあったんですが、なんとかやれました。

(スライド)これが内装で、天井を張って、床を張った状態です。床も厚さ六センチの板を加工からやりまして、だいたい二ヶ月くらいかかりました。これが造作で、これぐらいになると、雪の日も朝七時から現場に行って作業をするんですが、ほんとに辛いな、と思ったことがあります。セルフビルドは確かに楽しい部分もありますが、大変な部分もたくさんあるんですよね。やっぱり孤独って言うのが自分にとっては辛かった。ただ孤独になることによって、いろんなことを考えられるという時間にもなったので、それはまた後で喋りたいと思います。

(スライド)これが、「三和土」(たたき)って言って、土とにがりと石灰を混ぜて叩くとコンクリートのように固まっていくんですよ。昔の古い民家では大体この三和土です。土を流してたたき棒でみんなで上から叩いていきます。こうやって人が集まってくるとほっとするんですよ。喋れる相手ができますし。それで完成したカフェの内部はこんな感じです。当然、木工が趣味なので、家具もすべて自前です。始めてからカフェがオープンするまでに大体5年くらいかかりました。

主体的に生きていくこと
セルフビルドをやり終えて、いろんなことを得たり、感じたりすることがありました。セルフビルドをやる前にはなかった別の考え方が芽生えたんですよね。具体的に何かと言うと、セルフビルドと言いながら多くの人に関わってもらうことになりました。そういう人たちとつながるんですよね。また、こういう建物ができることによって、セルフビルドとかに興味を持つ人が自然に集まって来ました。その人たちと対話をする中で、いろんな生き方とか考え方もあるということを常に感じるようになりました。
「主体的に生きていく自信」というのが何なのかって言いますと、正直、ぼくはいま教員ですけど仕方なくやってる部分と、でも辞めないって部分があるんですよ。これは言葉でなかなか言い表しにくいんですけど、なんて言ったらいいのか、なんか、今の学校教育というのが崩壊しかけているように思うんです。その理由は何かと言うと、これは愚痴になりますが、ぼくたち教員も、生徒も、保護者もそうです、自分の利益ばかりが最優先なんですよ。なんか学校って社会のために生徒を育てるとか正論を言うんですけど、やっぱりグローバル社会って言うのが最終的には金儲けで、そういうものが学校教育の中に入り込んでくるのは仕方ないことかも知れません。結局いい大学に行くというのも、将来安定した仕事につきたいとか、そういうことが見えてくるんですよね。教員も、自分の立場を守るためにやっている。ぼくもそのひとりかも知れませんが、そういう中で働いているという意識があるんです。

「主体的に生きていく」というのはやはり好きなことをやって生きていたいということなんですよね。自分で工房とカフェを建てたことによって、教員をいつ辞めても生きていく自信がつきました。ただ、娘が大学に通ってるので、家族や子供には迷惑をかけられないという自覚はあります。やっぱり家っていうのは、それが建てられればどこでも生きていけるって感じですよね。だって動物を見るとわかると思うんですけど、自分の住処は自分でつくりますよ。根源的な話になりますけど、ぼくらも生き物なので、そういうことが自分で出来たということは、数年後には自分のしたいことを続けながら主体的に生きていけるということになります。教員を辞めれば、経済的な質は落ちると思うんですけど、人間として生きていくという本質的な質は上がるんじゃないかと思っています。

生きていく力を身につけるとは
セルフビルドをやって、生活するための知恵、生きていく知恵が身についたってこともあります。文科省の言う「生きていく力を身につける」という正論がありますが、これをやっても生活が出来る子が生まれるか?っていう話なんです。セルフビルドをやって、昔の人たちは本当によく考えたな、と思うことがいっぱいあります。地元には、あそこのあの場所は風が強いから絶対ものを建てるなとか、その場所場所で生きていく知恵を現場の人がもっていて、それが自分の身になっていく。本質的に生きていく知恵を学ぶことで、主体的に生きていく自信につながりました。もちろん、カフェと工房を清水さんのおかげで借金をせず安く建てられたということも重要で、もし借金を背負うってしまったらその先の自由度がなくなると思うんですよね。この先やりたいことが止まってしまう。セルフビルドで安くつくることによってその先につながるものができました。

シェアグラウンド構想
さて、もしこの構想にご協力いただける方がいれば是非お願いしたいんですけど、都会なんかでシェアハウスとかありますよね?使わなくなった建物を若い人たちがシェアしながら住む。例えばそれを田舎で考えた場合、ハウスではなくて、大きな土地がいっぱいあるんです。ぼくがセルフビルドした地域にある集落も十年後にはなくなっていくかも知れません。どっかのニュースで日本では2040年までに896の自治体がなくなると言われていました。それを悲観的にみるか、発展的にみるかでしょうが、これから土地がどんどん余ってくるわけで、そういう広大な土地を同じような意識をもった人たちでシェアしたらどうかな、と思うんです。これは適当に描いた図ですが、大きな土地があって、シェアする工房があって、農園があって、共有スペースがあると。そしてそこにはスモールハウスが点々とある、「シェアグラウンド」というアイディアです。その中で生活しながら、生活自体がレジャーになるような、もちろん生きていくのは楽しいことばかりではないんですが、生きやすい環境が出来るんじゃないか。

今の工房も実はシェアしていますが、共有の工房を地域にひとつ持って、教える人がいて、その周りに小さな家を建てて、農園をつくって、生活する基盤はできると思います。これから日本では単身の人が増えてくると思うんですが、そういう人たちが別々のアパートを借りて住むよりは、大きなシェアグラウンドの中で生活した方が、生活することが楽になると思うし、休日はレジャーのようになったりするかも知れません。もちろんこの中で何か事業を起こすことも可能だと思います。みんなの技術が上がってくれば、スモールハウスを売り出すことも出来るだろうし、木工製品を売り出すこともできる。本業と副業のバランスを取りながら生活が楽にできるようになるんじゃないか。清水さんの話にもつながると思うんですけど、横のつながりでこういう環境を整えると面白いんじゃないか。つくる場所と、ちょっと教えてもらえる人と段取りさえ出来れば、あとは覚悟とやる気だけです。こういうのが全国に点々と広がっていって、つながっていけば面白いと思うんです。すべて人に頼ってお金でやり取りすることだけではなくて、それぞれのもった技術を生かしながら生活していくことが出来ていくんじゃないか。

こういう考え方を基盤に、先日、IAMASの学生さんにも参加いただいて三坪ハウスのワークショップをやりました。三坪、十平米以下だと建築基準法の縛りがなくて好き勝手に建てられる。このような小さな家を、シェアグランドの中に建てていけば面白い生活ができるんじゃないか。自分のなかではこういうものが広がっていくんじゃないかなと思いますし、また可能性もあると思います。これからは材木の価格が上がり、大きな家を建てるのは難しくなるかも知れませんし、エネルギーの問題、環境の問題を考えると今のような住宅建築がどうなのかな、と素人感覚ですが、思います。

仕事が終わって帰ってきて、家で行動する範囲ってそう広くはないし、うちも娘が一人出て行ったので、子供部屋も物置になります。物置に固定資産税を払っていることになります。そうやって考えると、必要に応じて小さな家を作っていくのも選択肢だと思います。ぼくも家を建てるときに借金をしましたが、借金を背負うことは仕事をやめられない、ということにもなるんですよね。セルフビルドをやることで借金を背負わない、それが自分の新しい生き方を模索することにもつながる。だからセルフビルドをもっと広めたいんだけど、自分の仕事にするというよりは、そういう価値観を持った人がもっと増えれば暮らしやすい社会になるんじゃないか。

セルフビルドをやるようになって、職人さんにはお金を払うんだけど、自分の出来ない事をやっていただく、という感覚になりました。これはすべての事に共通します。車の修理でもそうです。金払うからやっとけではなくて、自分が出来ないからお金を払ってやってもらってるという。これは、表現がいいかどうかわからないけど、前より誠実になったんじゃないかと思います。これまで以上に人に感謝をするという精神が身についたと思います。セルフビルドという孤独な作業の中で、いろいろ物事を考える時間がありましたし、生きていくってことがどういうことなのか考えるようになりました。清水さんとの出会いは一生忘れられない体験になったと思うし、これを将来仕事にしたいと思ってるんですけど、生き甲斐をもって生きていけるきっかけになったと思っています。またみなさんももし何かあれば、カフェとか工房とかに来てみてください。とりとめのない話になってしまいましたが、今日はありがとうございました。